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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)224号 判決

控訴人(原告)

泉吉之丈

被控訴人(被告)

株式会社松田鉄工所

ほか一名

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を次のとおり変更する。

(一)  被控訴人両名は、各自控訴人に対し、金一九万二〇〇〇円及び内金一六万円に対する昭和四六年一一月二三日から、内金三万二〇〇〇円に対する昭和四七年九月八日から各支払ずみにいたるまで年五分の割合の金員を支払え。

(二)  控訴人の被控訴人両名に対するその余の請求を棄却する。

二  控訴人の当審における新たな請求中、その余を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その六を控訴人の、その余を被控訴人両名の各負担とする。

四  本判決は、控訴人勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  控訴人

(一)  原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

(二)  被控訴人らは各自控訴人に対し金八三万七二〇〇円及び内金六二万四〇〇〇円に対する昭和四六年一一月二三日から、内金二一万三〇〇〇円に対する昭和四七年九月八日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

(四)  仮執行の宣言

二  被控訴人ら

控訴棄却

第二主張、証拠

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の関係は、左記のほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人

(一)1  控訴人は、本件事故に因り当時車両損六四万円弁護士費用一八万円相当の損害を蒙つたところ、被控訴人らは昭和四九年二月二一日控訴人に対し車両損該当分については内金一六万円とこれに対する昭和四七年五月一八日から昭和四九年一月一八日までの年五分の遅延損害金、弁護士費用分については内金一万六〇〇〇円とこれに対する昭和四七年九月八日から昭和四九年一月八日までの年五分の遅延損害金を任意弁済し、また右各金員に対する右支払ずみまでのその余の遅延損害金債務については控訴人がこれを免除したので、控訴人は、本件請求中から以上の弁済及び免除のあつた部分(原審認容部分)を取下げる。

2  すると、控訴人の被控訴人らに対する残債権は、車両損四八万円弁護士費用一六万四〇〇〇円とこれに対する遅延損害金となるべきところ、控訴人が本件事故により右損害を蒙つてから現在までの間に諸物価の騰貴その他に伴なつて一般貨幣価値が実質三〇パーセント以上低下していることは公知の事実であるから、控訴人は被控訴人らに対し、右各損害残額に各三〇パーセントを加算して、これを前記申立に記載のとおり請求する。〔証拠関係略〕

二  被控訴人ら

(一)  控訴人の前記訴の一部取下に同意する。

(二)  〔証拠関係略〕

理由

一  事故の発生

請求原因一の(一)ないし(四)の事実は、当事者間に争いがない。

〔証拠略〕を綜合すると、次の各事実が認められる。

(一)  本件事故当時乙車運転の泉静江は、脳溢血の予後を療養中の夫である控訴人の気持を慰めるため、同人を乙車運転席の右側の座席に乗せて首都高速道路環状外廻り線に本町から入線し、片側二車線の左側のいわゆる走行車線を走行して二廻りした後、三廻り目にはいり神田橋インターチエンジを過ぎ更に道路が右にゆるくカーブするその直前にあたる本件事故現場にさしかかつたが、同所に到るまでの間終始速度は時速約五〇キロメートルで左側車線を走行し、車線変更をしたことはなかつた。

(二)  右片側二車線の道路は、幅員約七・七メートル、これを左右の各車線に区分すると一車線分の幅員は約三・八五メートルであり、乙車は、右現場にさしかかつた際先行車はなく、前記前方のカーブを右にまわるべく走行中、運転者たる泉静江において左運転席のベンツである乙車を運転しながら反対側の右後方右側車線(いわゆる追越車線)を後方から走行して来る車両の有無に全く注意を払うことなく、したがつて甲車の走行に気付かず、また自車が道路幅のどの辺の位置を走行中であるかこれを正確に認識する注意も怠つていたため、気付かないうちに左側車線と右側車線を区分する区分線を徐々に超えて乙車の車体の一部を右側車線内に四、五〇センチメートル程入れて走行するに至つた。

(三)  他方甲車は、七トン積み日野デイーゼルトラツクでその車両幅は二・四九メートルあり、被控訴人三浦は、この甲車を時速約六〇キロメートルの速度で右側(追越)車線のほぼ中央を走行中、本件事故現場附近において自己の車線内に走行車は認められなかつたが、唯自己の走行する車線を走行することだけしか念頭になく、全く前方左側車線を走行中の乙車の動静に留意することなく走行し、本件事故現場に至つた際、前記のように区分線を超えて車体の右側部分を右側車線にはみ出して走行中の乙車の右後部フエンダーの最も右後ろの角附近に甲車のフロントバンバーの左端を接触するように追突させ、その衝撃で、乙車は、前方に押し出されながらハンドルを強く右にとられ、その結果必然的に右側車線内に向つて斜走し、そのため甲車は再度乙車の右横のほぼ中央部分にこれを斜め後方からえぐるように再衝突し、両車は接着しながら更に進んで乙車が車体前部右側ヘツドライト附近を道路右側の分離壁に打突けて停止した。そして、被控訴人三浦は、右衝突前に自ら運転する甲車の警音機の吹鳴をせず、また効果的な制動措置もとらなかつた。

以上の事実に対し、被控訴人らは、乙車がいきなり甲車の走行する車線内に車線変更のため、甲車の走行直前を斜走しながら割り込んで来たので衝突したと主張し、〔証拠略〕には恰かも乙車が車線変更すべく右側方向指示器を出し或いはすでにその車線変更を開始していた旨運転者たる泉静江が事故後間もなく警察官である自分に供述したと証言する部分があるが、同証人は、乙車が事故直前神田橋インターチエンジから高速道路に進入して来たばかりであつたのでそのまま右側車線に入ろうとしていたものであるとの全く誤つた先入観をもつていたと認められるほか、〔証拠略〕によつても、乙車は方向指示器を出しておらず、同被控訴人において乙車が衝突前に急ハンドルで追越(右側)車線に入つて来たかどうかは覚えていないし、乙車が衝突前に右に曲つたことも認めていないと供述していることに鑑みると、〔証拠略〕は措信し難く、結局この点に関する前記被控訴人ら主張の事実は、前記認定の事実、とくに甲乙両車衝突の具体的状況に照らし、到底これを認めることはできない。

二  責任原因

(一)  被控訴人三浦

前記認定の事実によれば、本件事故発生道路の各車線の幅員は大型貨物自動車が走行するには左右のゆとりがあまりないのであるから、被控訴人三浦は、乙車が少しでも区分線を超えて走行する場合にはこれと接触する危険性のあることを予知し、その判別は当然に後続車両である自己の方が容易且つ十分になし得るのであるから、安全運転をなすべき義務上、乙車の動静に十分注意し、乙車が甲車の走行に気付かないときは警音機を吹鳴して甲車の存在を知らしめ、乙車を左側車線内に寄せしめて安全に甲車の追越しのできるまで乙車と同速度に速度を減ずる等の衝突回避の措置を講ずべきであつたのに、これらのことに思い至らず、右措置を怠つた結果、本件事故を惹起せしめた過失がある。

(二)  被控訴人会社

被控訴人三浦が被控訴人会社の従業員であり、その業務執行中に本件事故が発生したことについては当事者間に争いがないから、被控訴人会社は、前示被控訴人三浦の過失につき、民法七一五条一項による責任がある。

三  過失相殺

前記認定の事実によれば、乙車運転の泉静江は、前示幅員の道路を走行する場合には、区分された車線を厳密に走行し、もつて追越車線を走行する車両の進路を妨害したり、これと接触したりすることのないよう危険防止の義務があるにもかかわらず、追越車線側の後続車の有無に全く注意を払うことなく、車体の一部を追越車線内にはみ出して走行したため本件事故を発生させた不注意があり、同女と控訴人との間の身分関係等控訴人同乗に関する前記認定の事実によれば、同女の不注意は控訴人側の過失として斟酌されるべきであり、その過失割合は、各過失の程度態様に鑑み控訴人側が五〇パーセント、被控訴人三浦が五〇パーセントであるとするのが相当である。

四  損害

(一)  車両損

〔証拠略〕によると、控訴人は、本件事故による乙車の損壊を修理するのに六四万円を下らない金員の支払を要したことが認められるところ、前示控訴人側の過失を考慮して過失相殺をすると、損害の賠償として被控訴人らに対し支払を求め得る額は、金三二万円であると認められる。

(二)  弁護士費用

〔証拠略〕によると、被控訴人らが任意に損害の賠償をしないので、控訴人は本件訴訟代理人にその取立を委任し、手数料、謝金等として金一八万円を支払う約束をしたことが認められるが、前示車両損認容額、本件訴訟の経過等諸般の事情を考慮すると、控訴人が被控訴人らに対し賠償を求め得る弁護士費用額は、金四万八〇〇〇円であるとするのが相当である。

(三)  控訴人は、当審において被控訴人らに対し、本来の損害賠償を求める金額から、訴を取下げた原審認容額分を控除したその余の金額につき、請求を拡張し、貨幣価値の下落を理由として更に三〇パーセントの増額支払を求めるにいたつたが、不法行為による損害賠償請求権も一旦発生すれば金銭債権の一種にほかならず、民法四一九条は金銭を目的とする債務の履行が遅滞したことによつて債権者の蒙る損害の賠償額は、約定のないかぎり、法定利率によるべきことを定めているし、また控訴人主張にかかる単なる経済的な貨幣価値の変動は、金銭の支払に関し、立法も俟たずに法律上当然に事情変更の原則を適用すべきものでもないから、右拡張にかかる請求は、更に審究するまでもなく、失当といわなければならない。

五  結論

以上のとおり、被控訴人らは不真正連帯の関係で、それぞれ控訴人に対し、本件事故による損害の賠償として、金三二万円とこれに対する事故発生の日である昭和四六年一一月二三日から、また金四万八〇〇〇円とこれに対する訴状送達後であることが記録上明らかな昭和四七年九月八日から、各支払ずみまで年五分の割合の遅延損害金を支払うべき義務があり、したがつて控訴人の損害賠償請求は、その主張のうち右の限度で理由があり、その余は理由を欠くところ、控訴人は右請求中原審認容部分を取下げた(よつて原判決中控訴人勝訴部分は失効した)ので、結局控訴人の当審における本訴請求は、被控訴人らに対し各自金一九万二〇〇〇円及び内金一六万円に対する昭和四六年一一月二三日から、内金三万二〇〇〇円に対する昭和四七年九月八日から各支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり正当であるが、これを超える部分は理由がなく失当である。

よつて、控訴人の本訴請求は、右正当な限度で認容されるべきところ、原判決はこれを棄却し相当でないから、同判決の同部分を変更し、また当審において拡張された請求中、遅延損害金を求める始期を事故日まで遡らせた点を除くその余の部分はこれを棄却し、訴訟費用は第一、二審を通じてこれを各当事者の勝訴敗訴の程度等に応じて負担させるものとし、控訴人勝訴部分につき仮執行の宣言を附し、主文のとおり判決する。

(裁判官 久利馨 舘忠彦 安井章)

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